大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所太田支部 平成4年(ワ)200号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成四年一〇月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は株式会社である。

2  原告は、被告(群馬太田営業所扱い)との間で、平成三年二月二五日、保険者を被告、被保険者を亡小林昭久(当時、原告の代表取締役、以下「小林」という。)、受取人を原告、死亡保険金を二億円、保険料を二一八七万〇一四〇円の一時払いとする生命保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

3  小林は、平成四年三月一九日、肝臓癌により、死亡した。

二  争点

1  被告の抗弁(告知義務違反による解除)

(一) 小林は、本件保険契約締結前の昭和五六年二月一三日、太田協立病院で慢性肝炎の告知を受けて治療を継続し、平成二年六月一七日には同病院においてC型慢性肝炎の告知を受けた。

(二) 原告及び小林は、本件保険契約締結に先立ち、平成三年一月三〇日に実施された保険加入のための被告指定の医師の診査において、故意又は重大な過失により前項の事実を告知しなかった。

(三) 被告は、原告に対し、平成四年六月一五日、右告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示はそのころ原告に到達した。

2  原告の再抗弁(被告の過失)

被告は、本件保険契約締結に際し、保険金及び保険料が高額であること、小林が当時五〇代で、成人病の対象年齢であることを考慮して、これらに必要な診査を行うべきであったし、これを行えば同人の健康状態を知ることができ、現に心電図検査、血液検査を行い、血液検査によって肝臓疾患ないしはその疑いが出てきたのであるから、更に十分な診査をしなかった被告には、小林の告知義務の対象となる事実の存在に気づかなかった過失がある。

第三  争点に対する判断

一  告知義務違反について(抗弁)

1  証拠(甲1、2、乙1の1、2、2の2、3の1、2、証人榎晃宏、同三石洋一、原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 小林は、昭和五六年二月一三日、太田市内の太田協立病院の診断を受けて、慢性肝炎と告げられ、以後週一、二回の通院により、治療を受けてきた。この間、GOT、GPTの数値は一〇〇を超えることなく経過した。その後、平成二年六月一七日、小林は、同病院で慢性C型肝炎と確定され、同月二一日には本人及び家族にその旨告げられ、通院治療が継続された。また、腹部エコー検査では、軽度の脾臓の腫脹が認められるのみであり、GOT、GPTの数値は四〇ないし六〇、血小板は軽度減少であった。同年一一月一〇日の腹部エコー検査で肝臓の一部にわずかの正常肝臓エコー像とことなる像がみられたため腹部CT検査が実施され、その結果腫瘍を疑わせる陰影が指摘され、同月二八日肝血管撮影の実施によって、小のう胞の集族との診断を受けた。GOT、GPTの上昇はほとんどみられなかった。その後、平成三年一月、九月にも腹部エコー検査の実施があり脾臓の腫脹増加や血液検査での血小板減少傾向から肝硬変への移行が示唆されていた。

(二) ところで、平成二年一〇月ころ、被告担当者榎晃宏(以下「榎」という。)は、訴外太陽神戸三井銀行(現在のさくら銀行)太田支店の副支店長であった荒井均(以下「荒井」という。)から、原告及びその代表取締役であった小林を紹介されたことから、本件保険契約の交渉が始められた。被告の内部規定では、保険金が一億五〇〇〇万円を超える場合、被保険者は社医による診査を受けることになっていたが、当時社医が多忙であったこと及び小林が太田で診査を受けることを希望したことから、被告は、特別に太田市内の嘱託医による診査を行うことを認め、小林は、平成三年一月二〇日ころ、荒井及び榎とともに被告嘱託医である太田市内の有坂実医師の診査を受けた。その際の具体的な診査内容は右荒井、榎、被告に明らかでないが、診査終了後、小林が血圧を機械で測定したため手動よりも高い数値になったと契約の成立を心配し、診査のやり直しを希望した。そこで、被告は、小林の希望を入れ、右有坂医師による診査はなかったことにして、改めて被告の社医が小林方に赴いて診査を行うこととした。

(三) 被告の終身保険普通保険約款では、保険契約締結の際、被告が被保険者に関して書面で告知を求めた事項について、保険契約者または被保険者は、その書面によって告知し、会社指定の医師に告知するときはその医師に口頭で告知しなければならないとされている(約款六条)。

(四) 平成三年一月三〇日、被告の社医である三石洋一(以下「三石医師」という。)は、榎とともに小林宅を訪ね、同所において、本件保険契約締結のための診査を行った。

三石医師は、小林に対して、診査報状中「告知書」の部分の1ないし6の告知事項を順次口頭で質問し、同人の回答をそのまま各項目の右側の回答欄に記入した。小林は、6、コの「過去二年以内に健康診断を受けたことがありますか。」との質問に対して「有」と回答した以外は、他の質問事項、例えば「ア 病気や外傷で七日以上の治療をうけたことがありますか。ウ 持病がありますか(たとえば高血圧…肝臓病…)。エ からだにぐあいの悪いところがありますか。オ 病気や外傷で診療・検査・治療をうけていますか。カ 病気や外傷のため診療・検査・治療・入院・手術をすすめられていますか。サ 血圧・心臓・胃腸・肝臓・尿の異常を指摘されたことがありますか。シ 右記の検査を受けるようにすすめられたり、うけて異常を指摘されたり、注意をされたことがありますか(心電図…肝機能・腎機能・血液…)。」等の質問事項には全て「無」と回答したことを確認した上で、事実に相違ないことを証明して受診者欄に自署した。

(五) 小林は、その後、平成三年一〇月、他院でインターフェロン療法を受けそのころから急激に病状を悪化させ、発熱、腹痛、黄疸が出現し、同月二八日、太田協立病院に入院した。入院時の血圧検査では白血球増加、血小板減少、GOT二一二、GPT二七〇、ΓGTP六一四であった。そして、同年一一月下旬から一二月初旬にかけて肝硬変及び肝細胞癌の診断を受け、一二月一二日県立がんセンター東毛病院に転院し、平成四年三月一九日、肝臓癌により死亡した。

2  右認定事実によれば、本件保険契約(約款及び告知書)によると、小林が肝臓を悪くし、慢性肝炎ないしC型慢性肝炎により通院治療を受けていることについては告知の対象となっていたというべきところ、小林自身これらの事実を知悉し、かつこれを告知すべきであることを認識していたにもかかわらず、これを秘し、その告知をしなかったものであるから、保険契約者である原告及び被保険者である小林は、本件保険契約上の告知義務に違反したものといわねばならない。なお、被告が右小林の慢性肝炎ないしC型慢性肝炎により通院治療等の事実を告知の対象としていたことは、商法六七八条一項の趣旨に照らしても十分合理性を有するものというべきである。

二  解除の意思表示について

被告は平成四年五月二一日付け太田協立病院医師鳥居勝彦作成の診療証明書(乙2の2)により、原告及び小林の告知義務違反の事実を知り、平成四年六月一五日付けの書面により、原告に対し、告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示はそのころ原告に到達した(乙4の1、2、弁論の全趣旨)。

三  被告の過失について(再抗弁)

1  証拠(乙3の1、2、8の1、2、証人三石、同榎、原告代表者)によれば、次の事実が認められる。

(一) 三石医師は、平成三年一月三〇日小林を診査した際、視診、触診、打診、聴診により、黄疸等の一般状態、呼吸器、循環器、腹部、精神神経系、感覚器、運動器、特徴、その他異常所見の検診を行ったところ、何らの異常も認められず、また、脈拍、血圧及び尿検査もその場で測定、検査したが、いずれも正常値であり、異常はなかった。

右の他、被告会社の内規では、保険金が一億五〇〇〇万円を超える場合、心電図及び血液検査をすることになっていたため、三石医師は、小林の心電図をとり、採血した。

(二) 心電図では異常値は認められなかったものの、血液検査の結果では、A/G(1.21)、GPT(三八)、CHE(二〇三一)及びZTT(15.3)の四点のついて、正常値からはずれた値が出ていた。しかし、ZTTだけが正常値を多少上回っていたほか、A/G、GPT、CHEは正常値を僅かに外れた程度であり、この程度であれば、被告の内規で、普通の保険料に会社が定めた特別保険料を一ランク加算した上で契約可能と判断された(しかし、本件保険契約は、保険料の払込み方法が一時払いであり、被告会社には一時払いの場合に特別保険料を加算するシステムがなかったため、特別に普通の保険料のままで認められた。)。

(三) なお、小林は当時顔色が黒かったが、日焼けとも思われるくらいで、被告担当者の榎、三石医師らにも顔色の異常は見い出されなかった。

2  ところで、保険者に商法六七八条一項但書ないし前記保険約款八条にいう過失なしとするには、医師が診断に使用する全ての検査を尽くすことを要するものではなく、告知の有無及びその内容程度に従い、通常容易に告知すべき事実を発見することができる程度の注意を保険者が払えば足りると解するのが相当である。右認定事実によれば、血液検査の結果、前記四点に正常値からはずれた値が出ていたのであるから、仮に小林が前記通院加療歴等を告知していたとすれば、右数値の異常の程度が低くても、被告において、それ以上に小林の通院先への照会、病歴・病状の調査、詳細な精密検査等をして健康状態の詳細の発見に努めることができたと思料されるが、これをしないまま本件保険契約締結に至ったのは、とりもなおさず、右四点の正常値を超える程度が低く、右の程度では内規上、特別保険料の一ランク加算の条件付きで契約締結可能とされていたこと、かつ、小林から前記事実の告知もなく、他の診査項目上、小林の健康状態について何らかの異常を窺わせるような事情がなかったことによることが明らかである。したがって、被告に通常なすべき注意を欠いた過失があったということはできず、被告の原告に対する本件保険契約の解除の意思表示は有効である。

四  まとめ

以上によれば、告知義務違反を理由とする解除により、本件保険契約は終了しているものということができるから、原告の請求は理由がない。

(裁判官 高野芳久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例